L'art fantastique/      幻想芸術

IFAA(国際幻想芸術協会)本編HPは以下アドレス。

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内外幻想芸術紹介とレヴュー。
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◆アンドレヤ・マシアニス

アンドレヤ・マシアニス

 例によって東欧やロシアの若い画家は凄まじい。何がと言って緻密な絵であるにも拘らずタフというかなんというか。まさにパラノイアの鑑。以前紹介したロシアのビクトール・サフォンキンも三十前後で見きれぬ程の製作量でしたが、幻想系Webリンクでサイトデビューするや、あれよあれよという間に斯界のスターダムにのし上がった感。今やパリの幻想絵画専門画廊が専属契約。

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 アンドレヤ・マシアニスは1974年ポーランドはピラに生まれる。ニコラス・コペルニクス大学でディプロマ取得。タデウシュ・クリシュヴィッツ財団のデッサンのスカラーシップを受ける。ポーランドドローイングビエンナーレで二等賞。ワルシャワ芸術アカデミー劇場2001にてトルン市長賞。と実力を証明している。

 さてアンドレヤ・マシアニスも御歳32歳でドローイングが多いとはいえ、実に過剰。見ていると頭がくらくらします。否、個々の作品が見応えがあり過ぎて、Webでは只管長文を読まされている感触。という訳で、今回は直接彼のサイトへ行って皆さんにも疲れてもらいましょう。以下URL参照。

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http://www.galery2003.republika.pl/

http://masianis.qw.pl/

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photo by Shoji Tanaka - -

◆プレミジル・マルティネック

プレミジル・マルティネック

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 「本人にしか分からないマンガ」、こう言いたくなるチェコのシュルレアリスト、プレミジル・マルティネック。凄くいい感じに熟(こな)れたデッサンで妙に味がある。パブロ・ピカソのデッサンや初期のジョアン・ミロ、或いはアルフレート・クビーンを彷彿とさせるが、その孰れでもない。敢えて言えば、諧謔精神の鑑、アルフレッド・ジャリの『ユビュ王』に作家自身がつけた挿絵のような滑稽なタッチである。しかし、印象で語れるのはここまで。私の解さない言語のため、経歴その他紹介のしようがない。偶にはこういうこともある。画像だけ貼ってお終いのblogにはしたくないのだが、やんぬるかな。以下HPアドレス。

http://www.surrealismus.cz/martinec/

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追記:おっとっと、我ながら粗忽者で驚きます。英文頁がありました。バイオは以下。筆者と同い年ですなぁ。しみじみ。

He was born on 7th November 1957 in Mělník, Czech Republic.
He graduated from Pedagogic University in Prague.
He lives and works in Prague.

photo by Shoji Tanaka - -

◆マルシ・パリバトラ

 お妃様は幻想画家。

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 今日、世界に宮廷画家が何人いるか、少なくとも一人は確実に居る。しかも宮廷お抱えなどという官吏職ではなく、王族本人が画家であるという直裁な話。ラマ5世の孫チャムポット殿下妃マルシがその人。王族なれば、趣味で絵位は描くだろう? とんでもない!
 彼女はタイのシュルレアリストであるばかりか、アジアのレオノル・フィニ。そんなことを言ったら、不敬にあたる。否応なく彼女はマルシ・パリバトラなのである。

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 作品を見れば分かるに違いない。出来れば還俗して欲しい。彼女の絵が欲しい。そんな徒な願いは如何なる金満家だろうと、如何なる画商だろうと叶わない。何故なら彼女の絵は収蔵場所が始めから決まっているからである。そこはTHE SUAN PAKKAD PALACE MUSEUM

 殺し屋の詩人ピエール・フランソワ・ラスネールも書いている「王の運命を選ぶことなど、わたしには決して思いつかない」。誰一人真の批評を得られぬに違いない彼女は、画家として幸福なのだろうか、それとも不幸なのだろうか? 私ですら讃辞の言葉の他ない。

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 余談だが、 チャムポット・パリバトラ殿下は宮廷音楽家、否、作曲家でCDもある。

photo by Shoji Tanaka - -

◆マンフレッド・W・ユルゲンス

マンフレッド・W・ユルゲンス

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 1956年独逸はメクレンブルクに生まれたマンフレッド・W・ユルゲンスは、若くして船員見習いを経て画家に転じている。元船乗りという前歴は画家として決して異色ではない。何故なら、航海中海が荒れなければ、絵を描くか、本を読むか、ほとんどやることがないからである。画家としての主な勉学はベルリンで為したようだが、それは環境デザイン、写真のクラスであったようだ。
 ビスマルクに居住しつつ、船員の前歴故か放浪癖か、イギリス、アイルランド、イタリア、スリランカ、および台湾で滞在とあり、今はヴェネチアをメインに活動している。

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 氏のHPを見るに、劈頭「ニューリアリズム」と唱っている。独逸というと新即物主義が挙げられるが、マンフレッド・W・ユルゲンスの画業にもそうした傾向が読み取れる。故に幻想美術で括っていいかどうか、単なる写生とは異なる過剰な空間意識が働いていて、それが人物画だろうが、風景画だろうが、静物画だろうが、悉く奇異な印象が付きまとう。

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 何を今更「ニューリアリズム」などとアナクロなことを、と早合点する前に、写真を学んだという経歴から推して、これはリアルでもリアルの復活でもなく、非現実そのものさ、要するに絵なんだ、と念押しされているような気がするのである。

http://www.m-w-juergens.de/index-e.html

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photo by Shoji Tanaka - -

◆ズデニェク・ヤンダ(2)

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ズデニェク・ヤンダ

 私も画家の端くれ。目下、己が製作に忙しく、下調べを充分にしてから記事に出来ないのが残念だ。従ってすっかりここが疎かに。

 今期、緊急に記事を拵えるのは、四年程前から注目し高く評価していたズデニェク・ヤンダがHPを開設したからだ。

http://janda-art.com/

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 スイスのクラウス画廊扱いで、情報袋小路、チェコの画家である以外、詳しい経歴が皆目掴めなかったのだ。画商は何でも独占したがるので、あれではちっとも名前が広まらない。個人HPなので初めて見る纏まった仕事も嬉しい。画家本人ともコンタクトが取れる。世界には凄い幻想画家が沢山居る証左。恐らくヤンダのHPは日本国内では初のお披露目となろう。

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◆マーゴ・セルスキ

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マーゴ・セルスキ

 惚れました! 見れば見る程セル、眺めれば眺める程にスキ、スキスキ。恋しくて恋しくて...否、欲しくて欲しくて仕方ない。はっきり言って、彼女の作品百発百中です。天才か? 困りました。文案は頭の中を巡れども、冷静になれません。会いに行く!!(そんなこと今は無理)

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 推薦文にはこんな文言を。ちょっと凄い、女流画家マーゴ・セルスキ。 その画風は、黄金期の女性シュルレアリスト達の中に、平然と座を占め、しかも現代の若々しい才能であるということ。当人も恐ろしく美しいということ。

 兎に角何とかせねば...。感想文は後にします。

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◆ゲーリー・モンロー

 己が創作活動や私事に追われてほぼ一ヶ月ここを休筆してしまった。ロシアの幻想画家もまだ幾たりもいるのだが、ちょっと詳しく調べようとすると言語の壁があり、宝探しは盲滅法、砂ばかり嚼まされる。それに少し飽いた。ヨーロッパその他の作家も行列をなして待機している按配なので、気紛れ紹介を続行しよう。
 調べ事をしていると、思わぬ副産物が現れて、本旨を退けてもこれは! と紹介したくなるのも人情だ。

 何だ!? こいつは!! という訳で、今回のキャプションは「蛇と戦うことに憑かれた男」。



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ゲーリー・モンロー

 この主題は明らかにラオコーンを意識したものだが、聖書物語と習合し、果ては訳の分からぬ場末の蛇の襲撃や騒擾へと発展する。ここに悪の侵入を認めるのは容易いが、一体全体何だってこんなに蛇まみれにしなければならぬのか、真に訝しい。この過剰とその制御の飽くなき妄念は、最早、蛇との闘いや神意なのではなく、蛇と戯れること自体にこそ取り憑かれていると言うべきだろう。
 子供時代に縄で緊縛される折檻を受けていたとか、ふと道端で出会わす蛇(恐らくガラガラ蛇)に異様な怖れや、蛇使いに禁忌をともなうエロスの感情を抱いていたとかの、ゲーリー・モンロー物語を捏造したくなる程である。

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 ゲーリー・モンローは、米国のノクスビル(テネシー)で育てられて、ケンタッキー大学で芸術教育を受けた。そして、数年間芸術キャリアを追求して、働きながら、ダラスに住んでいた。500Xグループの活動的なメンバーとなり、ダラスで頻繁に展示会に出品。 最近、ノクスビルに戻って、アパラチアの文化的な活動を支援している。

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photo by Shoji Tanaka - -

◆セルゲイ・チェルネンコ

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セルゲイ・チェルネンコ

 1961年にソビエトに生まれた世代に、何か特別な因果関係でもあるのだろうか? この所紹介するロシアの幻想画家皆、何故か1961年生まれなのである。以前紹介したエッチャーのオレグ・デニセンコもそうであり、セルゲイ・チェルネンコもその一人だ(同年生まれはこれで四人目)。ロシアの幻想画家をカテゴライズするのは極めて困難で,毎回悩む。はっきり言って、セルゲイ・チェルネンコもここで取り上げたものかどうか、前々から迷っていた。
 かなりアクが強く、その世界もフォークロアのような、魔術的なような、それでいて脳天気に見え、上手いのか下手なのか、さっぱり分からない。兎に角描きたいイメージを、無手勝流に押し込めて、けたたましく、また牧歌的。ナンセンスと言いたいが、そもそもセンスなんか問題にしてない感じ。見手の好みで評価は大きく分かれるだろう。だが、気をつけてくれたまえ! 好きだ嫌いだが言える程に個性が強いということを。

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 ウクライナ生まれ。クリミア自治共和国、ウクライナ大学芸術学部で学ぶ。モスクワにてイラストレーターとして働く。ソビエト連邦崩壊後、テルアビブ、イギリス、ストックホルム、サンフランシスコ、モントリオールなどで個展や数多の国際展に参加。

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追記:もしやと思い調べてみたら、セルゲイ・アパリンも1961年ボロネジ生まれであった。これで、ここで扱ったロシアの幻想画家五人までが1961年生まれと相成る。ここまでくると単なる偶然ではなく、「幻想の星のもとに生まれて」とキャプションを入れたい誘惑にかられる。
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◆ユーリィ・ユーロフ

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 同じ柳の下は泥鰌だらけ。それがロシアの幻想画家達の印象である。類は朋を呼ぶというか、芋蔓式というか、矢張りロシアは幻想画家のお宝の山である。理由を考えれば、西側がモダニスムだポスト・モダンだと狂奔している間、弾圧を受けたり、収容所列島送りにされたり、信仰を禁じられたり、共産官製美術以外禁忌であった不遇に対し、只管内向せざるを得なかった画家達の、自由な想像力の砦がまさに幻想絵画ではなかったか、ということだ。即ち、昨日今日の引き蘢りどころではないのである。

 最早四半世紀程前だが、ソビエト連邦美術の大きな展覧会が日本で催されたことがあった。それを見た若い筆者は、新味のないなんと古くさい画家達の群れであることか、これをアカデミスムと呼ぶのだな、と嘯いたものだった。その一方で、どれもこれも恐るべきテクニシャンだと感心してもいた。皆ソビエト連邦各アカデミーの先生達の絵であった。

 一時、西側と異なる美術の流れに身を置いた旧共産圏の作家一人一人が、実は失われた絵画のタイムカプセルと化し、そればかりか独自の進化を遂げ、今、幻想絵画として花開いているのではないか、とすら思える。絵画主義の観点から見ても、バルテュスは最後の画家ではなかったことになる。

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 さて、前置きが長くなった。ユーリィ・ユーロフは、先に紹介したコンスタンティン・プロゾロフスキーの郷里のお仲間である。1961年ボロネジ(ロシア)生まれ。12歳からモスクワで芸術家としてのトレーニングを始めアカデミーを終了。彫刻及び写真の仕事もしているという。

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photo by Shoji Tanaka - -

◆コンスタンティン・プロゾロフスキー

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 コンスタンティン・プロゾロフスキー

 真にロシアは幻想画家の宝庫である。セルゲイ・アパリン然り。ビクトール・サフォンキン然り。ウラディスラフ・プロヴォトロフ然り。まだまだ沢山居る気配である。

 コンスタンティン・プロゾロフスキーは、そうした中でもシュルレアリスム乃至、オニリック(夢的)な、童心に見た不思議な光景を描く画家というべきか。その印象は、アルフレート・クビーンやエドガー・エンデを彷彿させて、その孰れでもない。そして、何ともいえぬ魅力を持っている。

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 コンスタンティン・プロゾロフスキーは、1963年ロシアのボロネジで生まれた。ボロネジ芸術大学で学び、その作品は、ロシア、ドイツ、米国、エストニア、フィンランド、ポーランド、イタリアの個人収集家の許にあるそうだ。

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