L'art fantastique/      幻想芸術

IFAA(国際幻想芸術協会)本編HPは以下アドレス。

https://www.facebook.com/ifaa2016/?ref=aymt_homepage_panel

公式BLOG

内外幻想芸術紹介とレヴュー。
***************************************************************************

【Blog機能説明】all→全件閲覧 latest→過去記事 auto→自動繰頁 info→リンクなど 続きを読む→コメント欄などが出現

◆シンジ・ヒメノ

 今回、満を持して日本人の幻想画家を取り上げる。しかし画像は唯の一枚しかない。また例外的な扱いとなるので、過去にここで紹介してきた幻想画家達へのオマージュとは異なる記述となることを、予め断っておく。先ず筆者が何者であるかを記すが、アンドレ・ブルトンが「己に就いて知りたければ他者に聞け」と『ナジャ』の劈頭で語った仕儀に従いたくも、筆者の知己などの身辺事を語る都合上、筆者もまた一介の幻想画家であると自称せねばならない。
 
 シンジ・ヒメノの消息は今は審らかではない。ミュンヘンのRutzmoser画廊に名前のみ掲げられているので、今尚ドイツ語圏に在住しているやも知れず、或いは郷里にひっそりとあって、日本国内ではこれといった発表も為さずに描き続けているかも知れない。そもそも幻想画家は、流行や時代の嗜好に翻弄されることを嫌い、只管世の中に背を向け、己が画作とイメージの世界に纏綿し、この世の事など忘れ果てているケースが多い。即ち、生まれつき旋毛も臍も曲がっていて当然。口を開けば「絵しか描けない」と、世事に疎い全くの無能者であっても当人は聊かも困らなかったりする。国内発表皆無となると、彼もそうではなかろうか、とこれは筆者の憶測に過ぎないが。

シンジ・ヒメノ

 シンジ・ヒメノの作品を知ったのは今を去る事12年前、 先頃開催したIFAA(国際幻想芸術協会)展に先駆する幻想画家集合で、『秘密の現実』と題した展覧会の準備をしていた時の事だ。当時在外派遣研修員としてウィーンにあった市川伸彦氏から、アカデミーのアリク・ブラウアーのクラスに恐ろしい才能の日本人がいる、と紹介されたのが端緒だった。画像はその時に示されたもの。残念ながら、結婚を控えて身辺慌ただしいとの理由で『秘密の現実』展への参加は適わなかったが、この一点のみの画像だけで、歳若い画学生とは侮れない力量であることが充分窺われた。日本の美術大学には進まず、高校卒業と同時にウィーンのアカデミーに入学し、営々とこの作品にのみ取り組んでいた。これには8歳年長の市川氏さえ舌を巻いてしまったらしい。故に筆者も永らく記憶に留めていた次第だ。
 上掲の画像はイーゼル二台を連ねて描かれた200号の大作で、ブラウアークラスでも一際目立つ作品であったらしい。この春ウィーンにルイジ・ラ・スペランザのアトリエを訪ねた際、大作故に、ルドルフ・ハウズナークラスがアリク・ブラウアーに引き継がれた後も学校のアトリエに預けざるを得なかった彼の大作と、このシンジ・ヒメノの大作が他の画学生達を圧倒し続けていたやを聞き及んだ。ルイジ曰く、ブラウアーの友人であり、助手として多くの日本人学生の相手をしたが、記憶に留めているのはシンジ・ヒメノだけであるとも。「彼は今どうしているか?」と逆質問されたが、その後行方不明だと答えるしかなかった。

追記:この記事が契機となって、姫野慎二氏本人から連絡があった。記事内容に就いては、当たらずとも遠からずとのコメントで、姫野氏は今ベルリンに住み、専属画廊などの情報も寄せてくれた。彼は私より十ばかり年少だが、彼の地で画家としての地歩を確実にしている。久しぶりにルイジ・ラ・スペランザ氏ともメールコンタクトしたそうだ。それだけでも記事にした甲斐があったというもの。姫野氏の娘さんがこの記事を見つけたのだとの由。ホームページを開設したばかりらしく、姫野氏のHPはIFAA団体HPに、海外作家の枠組みでリンクしてある。
 以下URLを参照されたし。

http://ifaa.cc/ifaa/index.html

photo by gradiva.inc - -
<< 幻想の芸術展2007 | main | ◆セルゲイ・ツカノフ >>









http://blog.shojitanaka.com/trackback/531686

blog information

>> Latest Photos
>> Recent Comments
>> Recent Trackback
>> Mobile
qrcode
>> Links

このページの先頭へ