L'art fantastique/      幻想芸術

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クロード・ベルランド/Claude Verlinde 訪問記(4)

 政治話で大いに盛り上がっている所に再度来客があった。その間、私達は口を挟む余地もなく、妻の同時通訳に只管耳を傾けつつ、私はと言えばアトリエの観察に余念がない状態だった。Kさんが昨日ギャラリーミッシェル・ブーレで購入していたベルランド画集を持参していたので、サインをお願いしますと申し出た最中、来客は出迎えるまでもないベルランドの御子息で、長身な彼は小部屋の入り口に、既にひょいと立っていた。

 再度皆紹介の挨拶となったが、ムッシュー・ベルランドが二人になってしまった。失礼ながらと、名の方をと問うとちょっと聴き取りにくい返事。ベルランド先生、画集にサインをし終えて丁度サイン用のペンをKさんから借りていたものだから、彼女の名刺の裏に御子息の名をジルと態々書いて見せ、更にペンを握るや何か書きたくてしようがないかの様子。Kさんがすかさずお礼の品だといって、とても恐縮しながら京都土産のお香を差し出した。さすがにファンというだけのことはある。気が利かず新版IFAA画集以外、手土産など何も持参しなかった私は、すっかり便乗した思い。するとベルランド先生は、お返しがしたいと言って小部屋を出たまま、暫くアトリエの何処かに消えてしまった。

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 その間私達は、ちょっと内気な感じのジル氏を囲んで話を始めた。ユーグが紹介がてらベルランド先生の額縁は、全てジル氏が父上の為に作っているのだと説明した。ジル氏の本業は建築家。設計図だけでなく、手先も器用なのは御父君の薫陶の賜物か。額縁と言ってもそれは、曲線を多用した未来的といっていいデザインで、しかも地塗りそのものと一体化したものである。古フランドル絵画にも額縁と絵画が一体化したものが多い。否、元々当時の絵の地塗りと額縁は基底材から同時に製作されていたものなのだ。ベルランドのそれはフランドル人の温故知新、15世紀の伝統を今に復活させたものである。

c.v.s.k.h.g.s.t

 余談だが、幻想絵画におけるリアリズムとは、即ち西欧中世及びルネサンス以降の絵画伝統に最も忠実な正統的技巧のことを指す。新しさは常に中古となる運命だが、幻想絵画は普遍、古典とのみ手を結び、不断に時間の乗り越えを行う芸術の謂いだと言えば、これほど分かり易いものはない。即ち「反流行」ということだ。新精神と実験の世紀は既に終わっている。なのに主体を欠いたお祭りだけがいまだ打ち続く。「デザインフェスタ」や「藝祭」に感化されている若い娘に「私は現代美術です」と言われて耳を疑ったことがある。見ればその娘の絵は、日本画にコラージュを施したものだった。「佳き伝統に与しながら、そんなことを言ってると直ぐに滅びてしまうよ」と返したが、彼女は私が何を言っているのかと目を白黒させていたものだ。

c.v.s.k.h.s.t
<何故だかユーグは目を瞑り、Kさんは恋する乙女のような眼差し>

 ベルランド先生が自作品のポスターと画集を手に戻ってきた。ポスターをKさんに、私には画集をという有り難過ぎる記念品である。早速ポスターにサインを始める。通常なら絵面にサインする所が、版画にするように右下隅に書いていて、これでは作品になってしまう。Kさんの感激振りは綺羅綺羅した目に明らかだった。私に供された画集は、日本でベルランド展を開催した際に出されたカタログのフランス語版ハードカバーだった。「私はこれと同じ日本語のものを持っています。私も行きましたが、日本では今や伝説的な展覧会とされています」と告げると、ちょっと遠くを見るような目線で、これは展覧会の為に作品を貸し出してくれた世界中のコレクターに向けて印刷されたものだ、とのお答え。烏滸がましく私もサインをお願いすると、ペンを持つ彼の手は勝手に動き出し、何処にでもサイン、否、デッサンを描き始めてしまいそうな勢いだった。ああ、職人の手そのものだ。この手こそが彼を日々創作に突き動かしているのだな、と神妙な気持ちが私の中にも沸き上った。

 一緒に記念写真をお願いしてもいいですか? おずおずとそう申し出るとまたぞろエスプリの利いたお言葉、「私はいつ灰になってしまうか分からない。君達のチャンスだ。いくらでも撮りたまえ」。

Invitasion
<1982年パリ、「フェスティバル・ド・マレー」のポスターで採用された水彩作品>

 ずっと緊張していた我々は、この頃になるといくらか打解けてきていた。ベルランド先生、もしかしたら人見知り? 彼の厳めしい表情は少しも変わらぬのだが、はっきり言って乗り乗りなのであった。お仕事の邪魔をしてはいけないので、お名残惜しくはありますが、そろそろお暇を、と我々は入り口に向った。さようならの挨拶で見返った時、中二階に続く階段の踊り場に巷間よく知られた「フェスティバル・ド・マレー82年」の大きなポスターが目についた。「ああ、フェスティバル・ド・マレー!」と思わず私の口から声が漏れた。「そう、私はこのフェスティバル・ド・マレーのポスターで初めてパリで公認を受けたのだ」。またもや戸口で暫しの立ち話。1982年というと彼は55歳だったということになる。壮年をとうに越える歳で漸く世間の評価がその天才に追いつくとは!そう深い感銘を覚え乍ら、私などまだまだ雛だ、芸術家である前に先ず一流の職人たらねばならぬ、と何故か胸が熱くなった。

 皆何故か興奮しながら辞去した為、帰りのバスチーユ広場まではあっという間だった。

 私たちクレープが食べたい!と女性陣。あ、煙草を吸うのを忘れてた、とユーグと私。それから広場のカフェテラスで、各々の思いのまま、ゆっくりと紫煙を燻らせたのであった。


               田中章滋 識/by Shoji Tanaka
photo by gradiva.inc - -
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 初めて書き込みさせて頂きます。(ハンドルネームで失礼致します)
C・ベルランド氏の最近を知ることができるなんて思いもよらなかったものですから。
 大阪・梅田にて、氏の展覧会を拝見し衝撃を受けました。もう24年前になってしまいます。
 今も大事にその頃のパンフレットを持っています。教科書のように大切にしています。
 貴重な情報をありがとうございます。お元気そうで嬉しく拝読させて頂きました
続きも楽しみにしております。
 
| 花車(M・Okazaki) | 2009/12/03 8:00 PM |

花車(M.Okazaki)様

 書き込みありがとうございます。続きは「後日談」ですので、ベルランド氏自身よりも周辺事になります。訪問時、話題となったのは、東京展のみでなく、まさにその大阪展に関連したことでした。大阪に幻想芸術美術館をという話があって、その時ジェラール・ディマシオが日本に呼ばれたが、どうなったのか?と。ちょっと大きな事件が背後にあって云々は伝えられぬので、スポンサーが降りてしまったのですとのみ。「現代幻想美術館」構想は、今も世界の各地で聞かれます。ベルランドもそれを願っています。近い将来、パリで実現するかもしれません。
| Shoji Tanaka | 2009/12/05 9:52 AM |










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