L'art fantastique/      幻想芸術

IFAA(国際幻想芸術協会)本編HPは以下アドレス。

https://www.facebook.com/ifaa2016/?ref=aymt_homepage_panel

公式BLOG

内外幻想芸術紹介とレヴュー。
***************************************************************************

【Blog機能説明】all→全件閲覧 latest→過去記事 auto→自動繰頁 info→リンクなど 続きを読む→コメント欄などが出現

Exposition Serie de realite screte "Théatre Mnemosyne"

UGEMテーマ:アート・デザイン


 
“Theatre Mnemosyne”Mnemosyne Theatre


セリ秘密の現実展 ムネモシュネ劇場

2011711日(月)〜16日(土)


Open11001900(最終日1700迄)


私たちの生は一人一人に与えられた劇場である。たとえば絵画は、

記憶の回廊を往来する自我が、そこで派生した光景を止み難く

上演し続けようとする欲望の舞台装置であるかも知れない。

それを幻想と言い、内観のリアリズムと呼ぼうとも、それをまた

別の視座で解釈し再演しようと欲するのも観客の自由である。

そもそも劇場の語源こそは<観客席>であったことを記念しよう。

ようこそ12の扉を持つ、惑乱の【ムネモシュネ劇場】へ。


註:【ムネモシュネ】古代ギリシア神話。記憶をつかさどる女神。

ウラノスを父、ガイアを母とするティタン神族の一人。

天空神ゼウスとの間に9人のミューズたちを産む。



Artist

Shinji ASANO

Kyoko BABA

Shu ISEKI

Koichi IYODA

Satomi KUWAHARA

Yoichi NEBASHI

Toru NOGAWA

Akiko OIKAWA

Nobuki OMORI

Yoku TAKAMATSU

Shoji TANAKA

Asami YASUMOTO







span art gallery/スパン アート ギャラリー

東京都中央区銀座2-2-18 西欧ビル1F

TEL/03-5524-3060

FAX/03-5524-3103

http://www.span-art.co.jp/inde x.html


From July 11, 2011 to the 16th. 


span art gallery in Tokyo in Japan. 

TEL/03-5524-3060

FAX/03-5524-3103

http://www.span-art.co.jp/inde x.html

photo by gradiva.inc - -

Fantastic Art Show-Tokyo-2008/餞(はなむけ)

 ウィーンのルイジ・ラスペランザから今期Fantastic Art Show-Tokyo-2008/幻想芸術展-東京-2008に向けて公けのメッセージが届いたので以下に示す。

ルイジラスペランザ

Dear Shoji,

Thank you very much for your email. I am pleased to hear that there is another exhibition , this time in Tokyo.
I hope it is going to be a big success.
Good luck to you and all the participiants! Please say hello to all artists I've met during my stay in Kyoto.
Thanks for putting "Papagenokopf" on the invitation front page.
As soon as there is any feed-back, please let me know.

Very kind regards from Vienna,

Mag. Luigi La Speranza
Akademischer Maler

親愛なるショウジ

電子メールを大変ありがとうございます。今回、東京にもう1つの展示会があるということを耳にして嬉しく思います。
私はそれが大成功となることを希望します。
あなたと皆様に幸運を! 京都で私の滞在中に会ったすべての芸術家に「こんにちは」と言ってください。
案内状の表紙に「パパゲーノ/Papagenokopf」を置いてくださって、ありがとうございます。如何なる評判も、どうか私に知らせてください。

 ウィーンから親愛なる挨拶を。

絵画アカデミー学士ルイジ・ラスペランザ

Mag. Luigi La Speranza
Akademischer Maler

A-1070 Wien, Siebensterngasse 9
luigi@lasperanza.com
www.lasperanza.com


付記:

 因に今回レオ・プロウの作品展示は、アトリエをベルリンに移転中であることと、作品が大作である理由から間に合いませんでした。次回IFAA展にて、再度東京で大きくフューチャーすることを当人と約し、見送りとなりましたことを、本記事を持ちまして御報告申し上げます。

IFAA代表 田中章滋
photo by gradiva.inc - -

◆85.フリッツ・ヤンシュカ

◆フリッツ・ヤンシュカ

jan

 アルベルト・パリス・ギュータースローに習い、ウィーンアートクラブに属し、ウィーン幻想派第一世代であるにも係らず、常に影の薄いフリッツ・ヤンシュカ。初期の作品には明らかに幻想性というか、ナイーブな要素が見られるが、徹底的に地上的で、その後、ドローイングや水彩が多くなり、ゲオルグ・グロッスやジュール・パスキンのような世界観を描くようになって、何処が幻想派なの? といった経緯を辿ったせいか。

jan2

 それなりに面白いのだけど、ギュータースローの非嫡出子であるヴォルフガング・フッターよりも、余程ウィーナーブルート(ウィーンっ子の血)を感じさせるギュータースロー寄りの絵なのだけど、仲間外れ。

 jan3

 最近、「幻想」などというのは曖昧な概念で、捉えどころがない、と或る評論家のご託宣に触れ、心外に思ったりしてみたのだけど、詩が詞に凌駕され、四次元よりも現実の方が遥かに複雑怪奇で、にしても単純極まりなく、危機だ危機だと嘘ばかり言われ、前世紀の狼少年共の御陰で本当の危機が何なのか判らなくなった所で、ガラガラポン、それが幻想のいいところと思ってみたり致します。ブルトン先生も言ってるではないか!「美は戦慄的だろう。さもなくば存在すまい」、あるかどうかも判らない、もともと曖昧模糊な捉え難きもの。「さあ、私が捕まえますから、屏風から追い立てて下さい」。と言うや否や虎に喰われてしまっている一休禅師みたようなもの。あら、ヤンシュカは何処行った?

jan4




photo by gradiva.inc - -

◆ステファニー・ヴィンデッシュ=グレーツ

ステファニー・ヴィンデッシュ=グレーツ

グレーツ

 「赤い皇女」と言われたハプスブルグ家大皇女エリーザベト・マリー・ヘンリエッテ・ステファニー・ギーゼラの孫にして、ベルギー王室とヴィンディッシュ=グレーツ公爵家を継ぐ堂々たる家系を誇る通称プリンセス。それが画家ステファニー・ヴィンデッシュ=グレーツである。
 以前紹介したタイ王族のマルシ・パリパトラは言わば玉の輿であったが、こちらは瓦解したハプスブルグ家に属すれども、立憲君主制健在のベルギーから見れば皇族となる。だからと言って、ステファニーが階級意識のみに生きているとは言い難く、還俗して社会民主党に入党した曾祖母の血を濃く受け継いだコスモポリタンと捉えるべきであろう。

グレーツ2

 今でこそ絵を描けば誰でも絵描きのご時世で、特権などと口にすればその資格を損ねかねないが、嘗ては地上の富は言うに及ばず、神の国の豪奢すら担っていたのが貴顕王族であったので、その象徴界から美の神髄は斯くの如しと反措定されている、と捉えるのも一興である。そもそも王室御用達の馬具商が作ったバッグや、裸の王様デザイナーの作った服に狂奔する我らではないか。富の行方が何なのかすっかり盲い、どう気取ってよいものやら。どう革命してよいものやら。

グレーツ

 写真家として出発したステファニー・ヴィンデッシュ=グレーツの画業は、敢えて言えばジョージア・オキーフを想起させるが、オキーフに幻想志向がないのに比べて、ヴィンデッシュ=グレーツの作品には唯の動物を描いたものにさえ、幻想資質が横溢しているように感ぜられる。それを或る種の達観と捉えるのは、筆者の思い入れに過ぎようか。

グレーツ4

 シシィの血をも受け継ぐ彼女は、美しかった。

 この稿を草するにあたっては、NHK Hi特集「ハプスブルグ帝国」にステファニー・ヴィンデッシュ=グレーツが出演しながら、その仕事がほとんど紹介されていなかった事を受けたものであると断っておく。

http://graetz.seedforest.net/index.html
photo by gradiva.inc - -

◆ペーター・マルチェク

 この五年間、只管貯め込んだ枚挙に暇ない世界の幻想画家達。最早情報ソースの全てを明かして自由になりたい。そう思う昨今ですが、IFAA本編のHPを残骸のように放置し過ぎた為、こちらばかりが肥大化して困り果てています。その間にも、欧米各国の幻想ウェブアートシーンは様々に衣替えして、今最も充実しているのは豪州メルボルンのベインアート連です。但し、恐るべきシュール、幻想サーチエンジン、果ては出版に至る活動に比して、彼等豪州幻想画家の実力たるや、極めて貧弱。国土が広い為、電子政府化が異様に発展している関係上、ヴァーチャルでのみそれはまるで世界の中心であるかのように見えます。

 さて今回はそちらのソースからの拝借。

マルチェク1

 ぺーター・マルチェクは、1943年にスロバキアのZilinaで生まれ、ブラティスラヴァ大学建築科で学んだ。幼年期から素描や絵画を行い、それが生涯を魅惑することとなった。シュルレアリスムやルネサンス期の画匠の影響を顕著に見取ることができる。

マルチェク

 東欧圏は実力者揃いだが、幻想画にありがちなスタイル以上に、ぺーター・マルチェクには気品があって、好もしく感ぜられる画風となっている。

マルチェク4
photo by gradiva.inc - -

◆シンジ・ヒメノ

 今回、満を持して日本人の幻想画家を取り上げる。しかし画像は唯の一枚しかない。また例外的な扱いとなるので、過去にここで紹介してきた幻想画家達へのオマージュとは異なる記述となることを、予め断っておく。先ず筆者が何者であるかを記すが、アンドレ・ブルトンが「己に就いて知りたければ他者に聞け」と『ナジャ』の劈頭で語った仕儀に従いたくも、筆者の知己などの身辺事を語る都合上、筆者もまた一介の幻想画家であると自称せねばならない。
 
 シンジ・ヒメノの消息は今は審らかではない。ミュンヘンのRutzmoser画廊に名前のみ掲げられているので、今尚ドイツ語圏に在住しているやも知れず、或いは郷里にひっそりとあって、日本国内ではこれといった発表も為さずに描き続けているかも知れない。そもそも幻想画家は、流行や時代の嗜好に翻弄されることを嫌い、只管世の中に背を向け、己が画作とイメージの世界に纏綿し、この世の事など忘れ果てているケースが多い。即ち、生まれつき旋毛も臍も曲がっていて当然。口を開けば「絵しか描けない」と、世事に疎い全くの無能者であっても当人は聊かも困らなかったりする。国内発表皆無となると、彼もそうではなかろうか、とこれは筆者の憶測に過ぎないが。

シンジ・ヒメノ

 シンジ・ヒメノの作品を知ったのは今を去る事12年前、 先頃開催したIFAA(国際幻想芸術協会)展に先駆する幻想画家集合で、『秘密の現実』と題した展覧会の準備をしていた時の事だ。当時在外派遣研修員としてウィーンにあった市川伸彦氏から、アカデミーのアリク・ブラウアーのクラスに恐ろしい才能の日本人がいる、と紹介されたのが端緒だった。画像はその時に示されたもの。残念ながら、結婚を控えて身辺慌ただしいとの理由で『秘密の現実』展への参加は適わなかったが、この一点のみの画像だけで、歳若い画学生とは侮れない力量であることが充分窺われた。日本の美術大学には進まず、高校卒業と同時にウィーンのアカデミーに入学し、営々とこの作品にのみ取り組んでいた。これには8歳年長の市川氏さえ舌を巻いてしまったらしい。故に筆者も永らく記憶に留めていた次第だ。
 上掲の画像はイーゼル二台を連ねて描かれた200号の大作で、ブラウアークラスでも一際目立つ作品であったらしい。この春ウィーンにルイジ・ラ・スペランザのアトリエを訪ねた際、大作故に、ルドルフ・ハウズナークラスがアリク・ブラウアーに引き継がれた後も学校のアトリエに預けざるを得なかった彼の大作と、このシンジ・ヒメノの大作が他の画学生達を圧倒し続けていたやを聞き及んだ。ルイジ曰く、ブラウアーの友人であり、助手として多くの日本人学生の相手をしたが、記憶に留めているのはシンジ・ヒメノだけであるとも。「彼は今どうしているか?」と逆質問されたが、その後行方不明だと答えるしかなかった。

追記:この記事が契機となって、姫野慎二氏本人から連絡があった。記事内容に就いては、当たらずとも遠からずとのコメントで、姫野氏は今ベルリンに住み、専属画廊などの情報も寄せてくれた。彼は私より十ばかり年少だが、彼の地で画家としての地歩を確実にしている。久しぶりにルイジ・ラ・スペランザ氏ともメールコンタクトしたそうだ。それだけでも記事にした甲斐があったというもの。姫野氏の娘さんがこの記事を見つけたのだとの由。ホームページを開設したばかりらしく、姫野氏のHPはIFAA団体HPに、海外作家の枠組みでリンクしてある。
 以下URLを参照されたし。

http://ifaa.cc/ifaa/index.html

photo by gradiva.inc - -

◆ヴァレリー・ミロノフ

 それにしてもロシアは幻想絵画の何たる豊穣な沃土であろう! こうして、ロシア方面アートのネットサーフィンしていると、ムソルグスキーの「展覧会の絵」が常に鳴り響いている気がする。そして偶にぎょっとさせられるのだ。幻想絵画のみに焦点を絞っているので、必ずしもそうではない作家は泣く泣く切り捨てているが、西側が現代美術に狂奔していた間、美の伝統がまるで異なった水脈に流れ込んで清さを保っていたのをまざまざと識るに至る。源流はこれほど清浄であったのかと、その河水をそのまま目薬にしたい気にすらなる。

ミロノフ1

 ヴァレリー・ミロノフは極めて強い個性を有しつつ、何度か大胆な作風の転換を行っている。このことは、彼が今42歳という年齢から推して、27歳というまだ多感な歳でソビエト連邦の崩壊を目の当たりにしたことと決して無縁ではないだろう。一見達者に見えるが、灰汁の強さから洗練に向かうべき何らかの必然を要したかに思えるのだ。彼よりも一世代先輩格の画家たちが、資本主義圏の市場に伍するに少しばかりのけれん味だけで対処し、根本的な作風を変えるには及ばなかったのに対し、彼の世代は激しく情報の海に投げ出された感がする。そう言えば,深読みに過ぎるかも知れないが、それほど初期の画風と激変している。

miro1

 それは今なお継続しており、更なる洗練を、更なる洗練を、と唱えているように思えるのである。インディアンを描いた、如何なものかと思える彼の初期作は掲げぬことにしよう。



Born 1965 in Moscow

Major One-Man Exhibitions
1991- Personal View Gallery, Moscow
1992 - Riddle of the Soul - Personal Exhibition, Lossana, Switzerland
1993 - Crossroads, Tver
1994 - Food-Art, Moscow
1995 - Snake in Grass, Kouznetzky Most, Moscow
1995 - Post-Modernism is Deadб Post-Modernizm is alive, Moscow
1995 - ARS-MODERN Gallery, Riga
1996 - The Center Gallery, Riga
1996 - Art-manege, Internatinal Exhibition, Moscow
1996 - The Happiness Smells As Rosemary, The Central House of the Artists Moscow
1997 - Dogs, ARS-Modern Gallery, Riga
1998 - ART-Salon, The Central House of the Artists Moscow
1999 - The Center Gallery, Riga
1999- The State Art Gallery, Kaliningrad
1999 - The forgotten Gods, A-3 , Gallery Moscow
2000 - The German-Russia House, Personal Exhibition, Kaliningrad
2000- Meseum of Modern Russian Artб New Jersey, USA
2000-2005- ART-Salon, The Central House of the Artists Moscow

miro




photo by gradiva.inc - -

◆フランク・コルタン

コルタン1

 フランク・コルタンは世界中に存在するウィーン幻想派、殊にエルンスト・フックスの薫陶を受けた画家の一人である。美術大学でならば、その任官の間、その生徒の数たるや膨大に過ぎるので、教えた事すらすっかり忘れて果てて無責任を決め込めるが、プロフェッサー・フックスはそもそも大学の教職に席を置いた試しなく,そのゾンマーセミナー(私設夏期講座)などで教えを乞うた生徒のみが、敬意を込めて「教授」と呼ぶのである。即ちそれは現実には存在しない幻想芸術大学を、ディアスポラとして存在せしめているかの如し。思えばフックス程愛される師は滅多にあるまい。

コルタン2

 フックス先生の推薦文を引こう。

「率直にコルタンには 非常に満足である。そこに芸術家皇帝ルドルフ二世の神髄を味わい、目を見張るコルタンのようなある真摯なマニエリスムの気高い精神を、同時代人としてここに見るためである。何故なら、既に絶えているかに見える古典の、壮大な絵画を支配し製作することは必須なれば。 5月彼の仕事は、無意味な芸術によって盲目になった人々に、絵画言語を再度理解できるように開示されている。」(2003年4月16日モナコにて。プロフェッサー・フックス)

コルタン3

 フランク・コルタンは1964年チェコのプラハに生まれた。音楽教育を受けるが、チェコからスイスに移住、ドイツでトロンプ・ルイユ(騙し絵)に魅せられ、画家を志しその後プラハのマサリク芸術アカデミーを卒業。現在はドイツのニュールンベルグ及びカールスルーエで活動。チェコ、ドイツ、スイス、モナコ、チリ、ベルギーで展示。サルバドル・ダリ世界賞、フランツ・カフカヨーロッパメダル、ルドルフ二世賞、クプカ賞など名だたる受賞歴である。

 ハンス・カンテール、ヴィクトール・サフォンキンなどとの交流も見られ、ロシアや東欧出身の若手画家を支持している模様。

コルタン4
photo by gradiva.inc - -

◆ユーグ・ジレ

ユーグ・ジレ

ユーグ・ジレ

 私事(展覧会)にかまけてひと月近く更新をサボっているうちに、案じていたことが起きてしまった。世界最大規模の幻想絵画団体AOIにユーグ・ジレが参加してしまったのだ。実力があるだけに、ロシアのセルゲイ・アパリン、ヴィクトール・サフォンキン同様、瞬く間に斯界のスターダムにのし上がるだろう。実を申せば、後進のIFAA(日本初の幻想芸術団体)も孰れAOIと絡む予定ではあるが、今年立ち上げたばかりで交流展など応じるには時期尚早、本格交渉は来年からと思っていた。ユーグ・ジレとは何度か連絡をとっていたので、来年会う心算だったのだが。噫、バカンス気分でオーストラリアに出張展示などに出掛けている場合ではなかった。そのせいでパリ行きが延期されたのだから。孰れにせよ、イギリス嫌いのパリジャンが、自ら頭を下げていくには何らかの覚悟があってのことだろう。彼のため只管栄達を祈る。
 パリの幻想美術団体を率いるマルク・アラングルがどう打って出るかを想えば、恐らくAOIとの合同展がフェリエール城の『幻想美術館』で近々実現してしまうのではなかろうか? ユーグ・ジレはそのパリの幻想美術団体の寵児なのである。このBlogでも隠し球でした。少しショックが大きいので彼の作品のみベタ張りし、本格紹介は後刻に譲る。

ユーグ・ジレ2
photo by gradiva.inc - -

◆ヤロスラウ・ミカラシェビッチ

◆ヤロスラウ・ミカラシェビッチ

mika1

 本人は大真面目なのだが、その意図があまりにも願望充足的でつい笑ってしまう絵がある。洋の東西、性的なファンタズムが己の全存在であるような作品、そうでなくても絵を観るにつけ、頭の中はそればかりといった結論にしかならない御仁がいる。私の知る或る画家もそうで、絵だけならまだしも、往住坐臥、エロス、エロス、エロスと臆面もない。

 ヤロスラウ・ミカラシェビッチの日常がどうかは知る由もないが、少なくともヌードが大好きなことだけは頷ける。しかも、マネの『草上の昼食』の如きスキャンダルを企んでいる訳もなく、只管街角の椿事を待望している、そう見えてしまう。しかし、これは私の菅見に過ぎぬであろう。彼の絵を精緻に眺めれば、そこにはペーテル・ブリューゲルを地でいって、現代に蘇らせている自負を嗅ぎ取るからだ。口性ない現代美術惚けや偶像崇拝者は言うだろう、猿真似と。しかし、そんな連中も彼の絵の中でしっかり役回りが与えられている。少なくとも、ペーテル・ブリューゲルを現代に召喚したら何が起こるかを言えば、それは底抜けのパロディとなるこれは証左。
 大笑いしながら観る。これは民衆画。そしてヤロスラウ・ミカラシェビッチは絵の中で、街角のパパラッチと化している。

mika2

 バイオグラフィは1948年ポーランドの地方都市で生まれたこと位しか分からない。筆者の解さぬ言語故。個人HPのURLを示す。

http://www.miklasiewicz.prv.pl/

mika3

photo by gradiva.inc - -

blog information

>> Latest Photos
>> Recent Comments
>> Recent Trackback
>> Mobile
qrcode
>> Links
1 / 3 >>

このページの先頭へ