L'art fantastique/      幻想芸術

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公式BLOG

内外幻想芸術紹介とレヴュー。
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J'ai rencontre Hugues Gillet/ユーグ・ジレとの出会い

 ユーグ・ジレ(Hugues Gillet)とのランデヴーは二年越しだ。彼の作品紹介はこのブログ以前から再々取り上げているので、一部日本の幻想芸術ファンにも知れ渡っている事と思う。私が取り上げてから、他のブログでも名前が散見されるようになった。
 本来、昨年パリで出会えていれば、FANTASTIC ART SHOW-KYOTO-2008にルイジ・ラスペランザ(Luigi La Speranza)と共に招待していた筈だった。然るに、パリで彼のアトリエに電話をすれど、留守番電話にメッセージを残せど、梨の礫。聞けばその頃展覧会で国外に居たのだとか。メールで遣り取りはしていたが、入念なランデブーを図らなかった当方にも責めがある。

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 今回こそはと渡欧前から彼とのランデブーの為に、パリでの滞在を旅の後半に据え、近郊国への旅を控えて馴染み深いパリ生活をメインにした。毎回アパルトマンホテルを使うことにしているが、前回は保証金の遣り取りでトラブルに見舞われたので、最早、現地の取次ぎを使わずヨーロッパの旅はシタディーヌに限ると、バスティーユのシタディーヌホテルを利用した。ベルギーのブリッセルでも利用したので、その簡便さと快適さに満足を覚えた。嘗て住んだ界隈だし、目の前に市場が立つので、下手なレストランで食べるより、新鮮な素材をアパルトマンホテルで調理したほうが、遥かに勝る。昨年のパリ滞在は、浦島太郎効果もあって思わぬ不遇を託ったが、今回はまるで別天地。私事はいい。ユーグとの出会いをドキュメントしていこう。

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 アパルトマンのオーナーが権利を売ったので、アトリエの追い立てをくっている、引越準備で部屋が荒れているとの事でユーグとのランデヴーは、私の滞在ホテルに彼が来る約束と相なった。デジュネ(昼食)を共にということで、丁度ホテル脇にあった『キャフェ・デ・ザルティスト』(芸術家のカフェ)なる店で食事。ポートレイト写真通り、ユーグは年齢不詳のボーギャルソン(美青年)だった。会った途端、互いに幻想芸術話に一気に突入。メニューの注文もそこそこに、いやはや、ユーグ、喋る喋る。ルイジ・ラスペランザのアトリエを訪ねた時も昼から夕方まで喋り詰めであったが、ユーグは育ちがいいのかノーブル(上品)な話し方でしかも話が尽きない。私はフランス語の喋りが完全に錆び付いているので、発話は専ら妻の通訳に頼らざるを得ぬが、彼が口にする幻想画家や幻想文学者の名前は略私にとって親しい名前ばかり。即座に応じて私が話すことの仏訳で妻は大わらわな様子。
 共にアペリティフをきこしめしたので、普段以上にお喋りになったというより、母国語と別種の幻想言語が交わせる、そんな興奮が出会いの始めからセットされていたかのようだ。
 『キャフェ・デ・ザルティスト』は、職人街に取り残された庶民的なビストロ故、1時を過ぎるや後から後から近隣の勤人が押し寄せ、店内は満杯である。しかも定食が矢鱈量が多い。「貧乏絵描きが飢えないように、沢山お食べという訳さ」と店の名前に因んで私が冗談を飛ばす程。

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 昼食はもりもり食べて、沢山喋って、忙しかったので、食後のカフェは近場の比較的閑静なプラス・デ・ヴォージュに移ってということになった。「僕等は昔、ここの直ぐ傍のシナゴーグ(ユダヤ教会)の向かいに住んでたんだ」、そういうとユーグは「去年、プラス・デ・ヴォージュのギャラリーで個展をやった。ちっとも売れなかったけど、個展が終わってから売れて助かった。マージンを取られなくてすんだから」とちゃっかり発言。その画廊といくらも離れてない、カフェで中に入ろうとすると、寒いのに外がいいという。外にもストーブが焚いてあるので、テラスを好むパリジャンはへっちゃらで外に席を占める。私も大歓迎だ。先程から煙草が吸いたくてウズウズしていたのだ。すると彼も我慢をしていたものと見える。絵描きで煙草を吸わぬ者は少ない。なんだ、君もそうかと更に打ち解けたのだった。

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 着席するや、互いの作品ファイルを見せ合い、暫し夢中になって眺める。彼のファイルはネット上には公開してないものも沢山あって、どれも欲しくて堪らなくなる程魅力的だ。彼は彼でフランス国内の幻想芸術系作家向きの展覧会情報や、ポスターまで持参で、私にそれに出品しろと勧めてくる。こいつただ者ではないな、と思わせるのは、そうした行動が機会の独り占めではなく、オーガナイザーのそれだからだ。自作品への揺るぎない自信と、当然それ故に恵まれる機会に対し鷹揚である点、業界にありがちな形振り構わぬケチなエゴイストではない。聞けばパリに世界中から幻想芸術家を集めて「幻想美術館」を作るべく公的機関に働きかけ、奔走しているのだという。これは大物の予感。幻想芸術の闘士だ。私と話が合って当たり前に過ぎる。

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 そして彼は「次にパリに来た時は、一緒にクロード・ベルランド(Claude Verlinde)の所にいこうよ。この直ぐ傍にアトリエがある。彼はもう81歳で扱う画廊もパリで一軒きり。最近とても寂しがってるんだ!」、そう言ってパリの幻想画壇の著名な人士全てと交流していることを嫌味なく語ってくれた。「幻想文学者のマルセル・ベアリュの店に行ってきた。もう大分前に亡くなったけど、未亡人にIFAAの展覧会に水彩画を展示する許可と印刷物に使用する許可を得て来た。知ってるかい?マンディアルグと親しかった彼を」とベアリュの画集を見せながら告げると、知らなかったと正直に言い、しきりにメモを取って「店に行ってみる」と即答した。何と誠実なのだろう。因に彼は40手前、若く見えるので驚いたが、離婚してしまったが可愛い娘もいるのだという。
 「来年の4月に日本に来てくれるね」、「勿論!!」ということで、名残惜しいがこれから会合があるとの由で彼とバスティーユのメトロで分かれた。冬の日差しとて、4時過ぎには早、陽が暮れ始めていた。

 ホテルに直帰し、私は即、IFAAメンバーに向け以下のメッセージを発信したのだった。

 ユーグ・ジレと熱く語り合い、私のヨーロッパでの今期のミッションの全てが終了しました。ユーグ・ジレは4月のFANTASTIC ART SHOW-TOKYO-2009に来日します。そして彼は、クロード・ベルランド、ジェラール・ディマシオ(Gerard Di-Maccio)、ルーカス・カンデル(Lucas Kandl)、その他錚々たる幻想画家達と交流を持つ、フランス幻想芸術界のプリンスである事が判明。ロシア幻想芸術の若き出世頭、ヴィクトール・サフォンキン(Viktor Safonkin)とも交流を始めた由。実力者同士はくっつくのが早い!

 そして彼はIFAAを大変気に入ってくれたました。早晩IFAAパリ展も実現するでしょう。さあ、皆さんIFAAの明るい未来に乾杯です!!

(IFAA代表 田中章滋/Shoji Tanaka)
photo by gradiva.inc - -

Art of Imagination's(AOI) Annual Exhibition report 2

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AOI Annual Exhibition report 2

 AOI年次展覧会最終日に、チェアマンのミッシェル・ド・サントゥエン(Michel de Saint Ouen)と今後のIFAAとAOIの連携に就いて会談を行った。AOIはブリジット・マーリン(Brigid Marlin)がエルンスト・フックス(Ernst Fuchs)の要請を受けて、彼女が主催していた「インスケープ」(INSCAPE)グループを基礎に、エルンスト・フックスに学んだ世界中の弟子達や友人、シュルレアリスト、幻想芸術グループに働きかけて1998年に発足、基礎の「インスケープ」から数えれば20年以上の永きに渡って活動を継続してきた。
 故に真の総代表はエルンスト・フックスであり、H.Rギーガー(H.R.Giger)が顧問となっている。そんなあらましをミッシェル・ド・サントゥエンが語ってくれた。ミッシェル自身国籍はフランス人であり、ブリジット・マーリンもアメリカ人、初めからイギリス人ではないことから、「インスケープ」もAOIも世界市民としてグローバルな展開が必然でもあったという。

 その後多くのAOI参加者から中小のグループやウェブ活動が派生するなどしているが、AOIがその総本山であることは変らない。なぜならオーストラリアから最初にAOIにコミットした「アートヴィジョナリー」"Art Visionary"誌のダミアン・マイケルズ(Damian Michaels)も、「ベイナート・インターナショナル・シュルレアルアート・コレクティヴ」"beinArt Surreal Art Collective"サイト主催者のジョン・ベイナート(Jon Beinart) も皆AOIメンバーであり続けている。

 そもそも幻想芸術自体が極めてユニークな存在であり、流行に煩わされぬ常に超時代的な存在様式である宿命を乗り越えようとする世界連携なのである。超伝統と理念を守るためには、孤立主義や業界エゴなどでは太刀打ち出来ない真の危機が我々を取り巻いている。「私は幻想芸術ではない」などと馬鹿なことを言う作家は一人も居ないのだ。故に、AOIは極めて寛容な会となっていることを、彼等と直に接することで目の当たりにしたのだった。その証左として、会期中、ハイティーンの女の子が作品を見てくれとやってきた。とてもいい作品だったので、会期半ばだが展示に加えたとミッシェルが言っていた。京都IFAA展でも全く同じようなことがあったので、打ち合わせた訳もないのに、後進の育成という基本コンセプトまで相似であることにあらためて深い感慨を得た。京都展で招待したレオ・プロウなども、常に深い敬意を持って彼等と接していることを実感した次第(レオ・プロウ/Leo Plawが、AOI会誌『インスケープ』にIFAA-Kyoto-展の詳細な記事を執筆してくれたことに深い感謝を表明したい)。
 
 会談で取り交わされた計画は、来年晩秋のIFAAロンドン展のバックアップ乃至合同展の可能性、及び近い将来、AOIを招いた『世界幻想芸術展』(仮題)の日本開催の申し出といったものだった。IFAAのバックアップに対しては、AOIは懐の深い所を見せてくれ、当方が候補として上げた画廊リスト以外に最適な会場を探すこと、作品の一時預かり、情宣、宿の手配に至るまで、ほぼ丸抱えといっていい程の好意的な受け入れを約束してくれた。

 既にAOIそのものが世界中に通算400人の会員を抱え、常時行っている作業であるとミッシェルは胸を張った。日本は世界に知られざる幻想芸術のメッカです。そう私も負けじとIFAAは一国のみで会員総数50名に達し、まだまだ成長過程ですと応じた。

souvenir記念写真(一部作家)

 姉妹団体に、とのブリジット・マーリンの要請を受けての展覧会参加であったので、当然の結果であるが、以後IFAAは、ほぼ常時世界巡回展を行っているAOIの展覧会に出品要請を受けていくとこになる。IFAA自体もロンドンのみならず、メルボルン、ウィーン、パリ展を企画中であり、これから何かと忙しくなるだろう。
 否、帰国後早くもAOI以外からも捌き切れない程の申し出を受けている。殊、幻想芸術に関していえば、如何に日本が真空地帯で、限りなく鎖国のような状態であったかを自覚せざるを得ないのである。既にIFAAは斯界の注目株となっている事態を、ひしひしと感じている。

 以下は世界40カ国から集合した年次展覧会『想像力の飛翔』の初受賞者一覧。今回はデンマークのクラウス・ブルゼン(Claus Brusen)の「バブルファンタジー」が一等を受賞した。因に私の作品は次のドイツの巡回展にも出したいとの申し出で、そのままAOIに託して来た。

aoi.exibition

(IFAA代表 田中章滋/Shoji Tanaka)
photo by gradiva.inc - -

SOCIETY FOR ART OF IMAGINATION’S ANNUAL EXHIBITION

 すみません。ここ用に公の文章を草そうと思っていたのですが、個人の事柄とIFAAのミッションが分ち難く、以下は渡欧日記からの転載となります。「AOIとは何か?」といった紹介文や、人物解説は孰れAOIその他を招いて行われるであろう『世界幻想芸術展』(仮題)の際に詳述いたします。ここ十年の世界の幻想芸術の動向を、纏めて報告する責は恐らく私にあり、ここ『幻想芸術/L'art Fantastiques』と先行する『ZAHIR』で紹介してきた幻想芸術名鑑の如きアーティスト達が全て繫がっていくのです。私はそれを一つの自負を持って歴史的行為と呼びますが、今はそこへと至る途上と思し召して、以下の公私混同文をお読み下さい。

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Society for Art of Imagination's Annual Exhibition report.

 何故だか作品ファイルを拵え損ねて幾星霜。名刺もそうだったが、常にそうしたものを携行して己をアピールして歩く自称アーティストなる輩を矮小な存在と決めていた。一見強面故、殊己の場合となると、その所作一つで横柄な人物と誤解され易い。
 私を、舌鋒が鋭い、毒舌などと評する人物は大概私の面貌も込みで第一印象を決めている人々だ(忌憚がないと言ってくれ、裏表がないのだ)。これは非営業モードで、素になっている時の一面だろう。父祖から受け継いだ一見近づき難い印象の面貌は、日本では軽く人を叱責するだけで一生恨まれる質のものなのだろう。おまけに声迄低音で迫力充分。だがこんなのは濃いキャラが当たり前過ぎる海外のアートシーンでは地味ですらある。ブルトン先生同様真面目過ぎ?

tanaka

 稼業の営業モードの際は、それが武器となり、揉み手をしながらにこやかに近づき、商品知識を披瀝すると時に圧倒的、時に誠実、短時間で高度の信頼感に結びつく。こうして数多の商談を成功に結びつけてきた。トップセールスマンだったのだ。だが、媚を売るのと己を売るのだけは苦手。いつの間にか羞恥心を美徳とする日本的感性が身についてしまったのか。
 今回初めて小さな小さなアルバムのような作品ファイルを拵えてロンドンに旅立った。上掲の写真はそのプロフで、ネット上ではあちこち掲示してある。因に10年近く歳をとっていないことになっている。単に正式なポートレイト写真を撮っていないだけだが、看板に偽りあり。

gallery

AOI主催『想像力の飛翔-年次展覧会-レセプションパーティ』
於:ブリックレーンギャラリー

aoi

 左前方から私、ブリジット・マーリン(Brigid Marlin)、クラウス・ブルゼン(Claus Brusen)、ミッシェル・ド・サントゥエン(Michel de Saint Ouen)、マダムX、その他。エリザベス女王、今は亡きスタンリー・キューブリック、J.G.バラード、ダライ・ラマ、そして勿論、H.R.ギーガー(H.R.Giger)、エルンスト・フックス(Ernst Fuchs)と昵懇のブリジット・マーリンは、聡明だが思いつきを直ぐに口にする晴れやかなお婆ちゃんだった。「皆でイタリー、デンマーク、ロンドン、それから日本で大展覧会よ〜」とブリジット。チェアマンのミッシェル・ド・サントゥエンは「あなた乗り乗りに成り過ぎ!」と笑いながら窘めていた。「彼女、明日になると忘れちゃうんだ。約束は僕としないと駄目だよ。彼女は彼女の企画、僕は僕の企画。」と常に二つの車輪でソサエティが運営されて居る様子が伺われた。

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 ブリックレーン通りは印度料理専門店が軒を並べるエスニック激戦区。ブッカー賞を取ったモニカ・アリの原作の映画化で評判となり、俄に『Brick Lane』街は骨董マーケットも含めて今ロンドンで最もトレンディな地区となったとのこと。ここの評判店で主だったメンバー達との二次会。真っ赤っかなのは、この日デンマークから駆けつけた画商で出版社で画家のクラウス・ブルゼン。AOI初の公募展グランプリを受賞して御満悦。私の作品ファイルを見て、デンマークでの出版展示会に出品しろと誘いをかけてきた。ある意味ハイブロウな幻想芸術は、画家自身がコレクターだったり、画廊を営んでいたりは、洋の東西を問わない。そもそもエルンスト・フックスが画廊を営んで後進の若い画家に機会を与えることに先鞭をつけている。ギルドの昔に戻れ。日本でも画家が買う絵が多く幻想絵画で、皆幻想芸術ファンなのだ。

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 最後の写真はアートコーディネーターで造形作家のアナベラ・クラウディア(Annabella Craudia)。勿論、本名じゃありません。「蜘蛛女のキス」か「地獄に落ちた勇者ども」か、元男性の今は女性です。ドイツ人故、恐ろしく長身なのにピンヒールを履いて、ちょっとのけぞるキャラ。しかし話してみると幻想芸術界の天使です。この業界はファッション界と同断で、ユダヤコネクション以外では社交界にクィアーが占める位置が大きい。実は日本だって...明かせませんが。
 私の作品ファイルが見たいというので、見せたら恐ろしく真面目な顔で、私の説明一切聞かず。それ、ちょっと恐いです。稍あって、おもむろに彼女の手帳からドイツのギャラリーの住所を写し取って、彼女の紹介だといって連絡せよと命令口調。何かの商談成立? 呆気にとられて私妙な顔になってます。

 今期展覧会のタイトルは『イメージの飛翔』。私は終止空を飛んでる気分でした。飲み過ぎか。


(IFAA代表 田中章滋/Shoji Tanaka)
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IFAA met AOI

IFAA met AOI

aoi

http://www.artofimagination.org/

ifaa

http://ifaa.cc/

 上記は世界最大幻想芸術団体AOI(正式名称Society for Art of Imagination)のバナー。この11月3日から9日にかけて、ロンドンに本部を置いているAOIの年次展覧会『想像力の飛翔』に招かれ、参加してきた。

http://www.artofimagination.org/

 結論から言えば、AOIのホームページで宣せられているように、

「AOIとIFAA

 私たちは、日本に拠点を置いているIFAA(国際幻想芸術協会)と対面したことを喜んで発表します。 IFAAのすべてのメンバーが世界に向け発表する第一歩が開けました。私たちと共に展示会すべてに協力し合い、私たちのメンバーも同じようにIFAAの展示会に協力できるでしょう。 私たちは、IFAAのメンバー(http://ifaa.cc) のために、私たちのメンバーとヨーロッパの展示会及び日本での展示会の可能性を共に、探ってまいります。 」

 という次第。先方からの姉妹団体の要請を受けて、幻想ジャンルの世界メンバー公称400人を唱うAOIと成長著しいIFAAが、西の果てと東の果てを結ぶ歴史的な瞬間を得たということになる。

ifaa.aoi
IFAA代表(筆者)とAOIチェアマンのミッシェル・ド・サントゥエン(Michel de Saint Ouen)

 ここ暫く幻想芸術blogは、ロンドンのAOI、その他パリ報告などを連載して参ります。

(IFAA代表 田中章滋/Shoji Tanaka)
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『黒の美術館その1』

「ルドンの黒」展              長島 充

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 2007年8/24 先週末、酷暑が一日だけゆるみ仕事のくぎりがよかったのでひさびさに都内の美術館めぐりをした。

始めに向った先は渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている「ルドンの黒」展へ。
オープン前からずっと行きたいと思っていてようやく見に行くことができた。

ヨーロッパの幻想絵画の系譜の中でもっとも影響を強く受けた画家を5人あげなさいと言われれば北方ルネサンスのヒエロニムス・ボス、ペーテル・ブリューゲル、時代を下ってウイリアム・ブレイク、現代のエルンスト・フックス、そしてこのオディロン・ルドンである。
20代から精神的にも技術的にももっとも影響を受けてきた「幻視者」ということになる。特にブレイクとルドンは版画制作が中心であった僕は強く影響を受けた。

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会場に着くと中はひんやりとして心地よく真夏の都内は美術館めぐりに限る。
予定より遅く起きて11時過ぎに着いたので混雑を心配したが
意外にも空いていた。

ルドンの銅版画の師匠でありこれも僕の大好きな版画家ロドルフ・ブレスダンから影響を受けていた初期エッチング作品から始まり「夢の中で」「エドガー・ポーに」「起源」「聖アントワーヌの誘惑」などなど・・・石版画集の名作がずらりと並ぶ。いずれも深く内面にうったえかける光と闇のモノクロ表現で溜め息が出てしまう。
19世紀のパリと言えば版画芸術と版画入り挿画本の隆盛期である。

ルドンの生きた19世紀のパリは印象派と同時代。モネの「睡蓮」やゴッホの「向日葵」と同時代になぜこのようなオリジナリティーの強い特異な幻想表現が生まれたのだろうか?
それは彼の孤独な生い立ちや放浪の銅版画家ロドルフ・ブレスダンとの出会い、ルネサンス絵画や東洋美術からの影響、ポーやボードレールなど西洋の闇の文学世界への傾斜、そしてダーウィンの「進化論」、微生物学者ルイ・パストゥール、植物学者アルマン・クラヴォーといった同時代の生物学者からの影響がうかがえる。

つまり当時の現代美術の中心的存在であった印象派の画家たちが外光と色彩の分析を科学していたこととは全く異なる世界観や自然への視点、画家としての資質を持っていたのだ。
今回「黒」がテーマの展示で他に木炭画が展示されていたがこれがまた良かった。石版画の印刷インクで刷られたハイコントラストの調子とは違って限りなく柔らかい灰色を見ることができた。ルドンは黒に色彩を感じさせることができる数少ない画家である。

ルドン2

最後のほうの部屋に数は少ないが油彩による風景とパステルによる花の作品が展示されていたがここにも黒の世界で会得してきた豊かな色の諧調を見ることができた。

ルドンは50歳代半ばまでストイックな黒の世界を木炭画や版画の世界に追求し続けた。
そして油彩やパステルなどの色彩世界を本格的に制作し始めたのが60歳を超えてからというのだから驚嘆する。
しかし改めてこの黒の世界を俯瞰してみるとすでに石版画の黒に埋没していた頃からこの画家の内面には晩年の色彩へと繋がっていくプログラムが用意されていたのだろうと感じる。

会場をでてグッズ・ショップに立ち寄ると長らく絶版となっていてプレミアムがついていた名著の「私自身に」(みすず書房)がこの秋に再刊されると書かれていた。画家自身の自叙伝でルドンの内面世界を知りたい方にはお勧めの1冊!!

最後にこの200点に及ぶコレクションは全てルドンのコレクションで世界的な名声を誇る岐阜県立美術館のものだという。「よくぞ集めてくれました!!」と拍手を送ります。

「ルドンの黒」展は今度の26日(日)までまだ行かれて無い方はぜひ足を運んでいただきたい展覧会です。

画像上から1914年のルドンのプロフィール写真、R・ワーグナー楽劇より石版画「パルジファル」、石版画集「ギュスターブ・フロベールに」より「死神」。

黒の美術館はこの後、目黒に移動しその2に続きます。
               
               (執筆者:長島充/画家.版画家)

付記:当稿は昨年より長島充氏によって、私的に書かれた版画家達へのオマージュセリの再録である。セリ全篇の転載許可を得て、当Blogにて不定期連載していく。
                 
              
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