L'art fantastique/      幻想芸術

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◆81.ピエール・キャロン/そして懐古趣味

ピエール・キャロン/そして懐古趣味

キャロン1

 ピエール・キャロンの名を聞くと、パリ・エコール・デ・ボザール(パリ芸大)油絵科及びデッサン科に70年代後期に籍を置いたことのある日本人留学生は、懐かしく思うであろう。彼の名は知る人ぞ知るといった風情で、学内に蟄居したかの先達、あのギュスターブ・モローに準えらえる者も居た。即ち製作はしても滅多に発表しない点で伝説の人の印象であった。

キャロン2

 と申してもこれは30年前の話である。そのピエール・キャロンが何時の間にやらアカデミー・デ・ボザール(芸術学士院)の学士になっているのだから、将に隔世の感ーーーその30年前、サルバドル・ダリが矢張り鳴り物入りで学士院入りしたフィガロとル・モンドのニュースが、今も筆者がフィゲラスで買った彼の画集に挟まっている。齢75にして浮世では絶頂の誉、なれどその僅か三年後に死去するガラと共に出席した公式の席では、メメントモリもかくやといった老いさらばえた姿を曝していた。余談に走るがお許し願いたい。ガラ亡き後「ガラテアの塔」で十年雌伏し、病の床で火事に見舞われた姿は、更にゾンビのように浅ましくなり果てていたであろう。あれほど執着した「不死」の研究はどうしたのだ? と担板漢の若者だった筆者を大いに落胆させものだ。
 因にジャン・コクトーも列していた学士院会員になると、叙勲とともに、三銃士よろしくアイテムとして剣を帯びる習わしとなっている。中には日本刀などを選ぶ者もあって、秘密結社の儀式じみている所が、「ダ・ヴィンチコード」にパロディ化されている節がある。以下アカデミー・デ・ボザールURL.。

http://www.academie-des-beaux-arts.fr/

キャロン3

 バルチュスの助手であったピエール・キャロンの経歴を知れば、その師のバルチュスの教えの通りに現代美術に背を向けて精進これ怠らなかった、と受け取る事も出来る。パリ芸大ではウラジミール・ヴェリコヴィッチ(キャロンに同じく学士)が有名だが、令名高きバルチュスに肖りたいとキャロンのクラスを志望する学生は多かった。が、余程デッサンの基礎が出来ていないと、入れてもらえない。学力偏重で、決して能力主義とは申し難い我が邦美術大学教育制度とは、およそかけ離れているのが、ヨーロッパの美術大学である。生徒の能力審査は教授の自由裁量。学力不問。ヴェリコヴィッチに至っては、能力が高いと見るや、学籍もなく、不法入国した者にさえ教えていた程であった。
 ミュゼオロジーなどという畑違いで道を誤りかけた筆者が、何故キャロンのクラスに詳しいかというと、途方もなくデッサンが達者な日本人女学生がキャロンのクラスに居て、IFAAの同人であるTaeko Mori(森妙子)の友人だったからだ。
 彼女の名はSetsuko Nakajima(中島世津子)。何年か前に私的にオマージュを捧げた文章があるので、それを引こう。

中島1
                         Setsuko Nakajima画

 「今を去る26年前、パリで邂逅した中島世津子はエコール・デ・ボザール・デッサン科で最も卓越した画学生であった。彼女の引く線は、どうしたらこんなしなやかな、それ自体が生き物であるかのように驚嘆すべき線を描けたものか? と皆眼を丸くするような闊達さを示していた。言わば極上の手技である。案の定、彼の地で次々と賞を総嘗めし、未来が約束されていた。
 不幸にしてある事件に遭遇し、心に病を生じて帰国。以来、ミニマムな日常と心象を溶け合わせたような静かな絵の世界に棲んでいる。ナチュール・モルトは<静物>と訳すが、彼女の今の絵は逐語訳で<自然の死物>としたくなる程静謐で、まるで聖画のようだ。そして今も滅法上手い。後学の私など一生引けぬデッサンだろう。画家の掌(たなごころ)から檸檬が自由落下し陶の器の淵に沿って、つつっと収まっていく様が見えるだろうか? これは瞬きの絵画である。日頃、幻想絵画にばかり偏した私だが、これが分からぬようなら、絵についてめくらも同然。」
 彼女の作品の一端は以下の書物の挿画でも垣間見れる。

 ウニカ・チュルン著「ジャスミンおとこ」(みすず書房)
 R.D.レイン/A.エスターソン著「狂気と家族」(みすず書房)
 R.D.レイン著「家族の政治学」(みすず書房)

 さて今回、あれこれとイレギュラーな記事となった。バルチュス、ピエール・キャロン、そのまた子弟へと受け継がれていく反時代的といってもいい絵画の作法の一端を示すべく、為した文言でもある。悪しきエピゴーネンなる言葉もあるが、流派が悪なのではなく、単純比較でしか質を問えないものの見方こそ諸悪の根源である。見る側も作る側も。
 権威主義、セクショナリズム、浮世のしがらみ、時代の偏頗、そんなものは通用や流通の虚妄の産物なのであって、美とは何の関わりもないのは当然のこと。但し、ミューズは人間諸価値の中で、最も迅速にあらゆる人、場所、物に顕現する。故に、「不合理故に我信ず」と言ってみる。

 最後に蛇足。昨今南仏はマントンなどで盛んに古典絵画技法セミナーなど行っているプロフェッサー・エルンスト・フックス氏、ダリをひそみに虎視眈々とアカデミー・デ・ボザール入りを狙っているらしい。
photo by gradiva.inc - -

◆ミカイル・チェルパノフ

みか1

 ロシア関連、幻想系で言えば粒よりのソースを発見していたので、暫くそこから紹介して行こう。真に旧共産圏の懐は深い。これでもかこれでもかといった具合に、珍にして妙なる人材にことかかないのである。
 文学畑も文豪を多く輩出しているだけに、ヴィクトール・ぺレ−ヴィンなどポスト共産主義世代を筆頭に、何か鳴動し続けている感がする。それをネットがこき混ぜて更に面白くしているようだ。

みか 2

 ミカイル・チェルパノフのデータは以下。

One-man Shows:

1982 The library of the Moscow College of Architecture.
1990 The Academy of Music after P. Tchaikovskij, Moscow Fund of
Culture, Moscow.
1991 The Public Library after N. Nekrasov, Moscow.
  "The World of Chimeras", The House of Europe, "Author`s
Television". "German" Gallery. Moscow.

Exhibitions:

1191 The House of Artist. "Triglit" Gallery. Kuznetskij Most. Moscow.    "Kunst und Muzeumkrais Bad Essen" Museum. Germany.
1991-1993 "Rubens" Gallery. Moscow.
1995 "Soul and Soil". Moscow.
1997 "Eastern Motifs". "Kino" Gallery. Moscow.

 漢字ブームは依然として世界を席巻していて、ロシアですらもかくのごとし。他の作品はいざ知らずコラージュ乃至ペン画が主の画家であるらしい。

みか3
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