L'art fantastique/      幻想芸術

IFAA(国際幻想芸術協会)本編HPは以下アドレス。

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公式BLOG

内外幻想芸術紹介とレヴュー。
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◆80.ホルヘ・カマチョ

ホルヘ・カマチョ

 幻想芸術には抽象表現主義はないのか? ここは具象傾向の作家ばかりではないか? と問われれば、誠にその通り。敢えて言えばここでは無機的な記号表現も、音楽の韻律に準えられる色面構成に偏する作家も差別的に扱っている。何故なら、幻想芸術にはファウスト的な、円還する時間空間との対抗といったテーゼが必要不可欠だからだ。
 "Verweile doch! Du bist so schon."(時間よ止まれ、お前は余りにも美しいから)と唱えつつ、目路を操作し、不可解な物語空間に誘い、謎に謎を置く。大概の幻想芸術家の正体はスフィンクスだと筆者は定義したい。故に同じ眼の愉楽を扱いながら、還元主義は絵具業者に委ねよ、コンセプトは言わぬが華、が幻想芸術家の基本的態度となる。

カマチョ1

 贅言を尽くせば切りがない。進んで敵を作っている訳でも、評論家でもないので、我田引水、贔屓の引き倒しと思って頂ければ、世界は平和である。例によって、書く事がないというだけの話。ダドもホルヘ・カマチョもパリでは一時代を為した画家として、ポンピドーセンターに作品が収蔵されているが、情報の海ではどんなに大きな氷塊も、波に打ち砕かれ、真水の成分を失って潮に溶ける定めとはいえ、WEB上では日本語での紹介がほとんどないのが嘆かわしい。私のような泡沫者が、心配して掬すのは筋違いとも思うが。

カマチョ2

ホルヘ・カマチョは1934年キューバのハバナに生まれている。以下本人の弁。

カマチョ5

「1951年、本能と不思議に、私は照準を定めた。芸術の勉学をすまいと決意し、美術学校を否定したのだ。 40年末頃、私の友人で詩人のカルロス・M・ ルイスは、現代の絵画、特にシュールレアリズムに精通していた。彼は私に、クレー、ミロ、タンギー、そしてデキリコを紹介してくれた。私は1953年1月に行ったメキシコに何年か住み、そこで偉大なホセ・ルイス・クエバスと会った。私が最初に大きな影響を受けたのは、1955年のウィフレッド・ラムのハバナ大学での展示だった。若かった私は、タマヨ、ミロ、ベーコン、タンギー等の仕事にも影響を受けた。基本的に重要なのは、これら肯定的な影響が、個性に及ぼす新しい言語の生成である。1954年、ハバナに戻り私は最初の個展をキューバのギャラリーで行った。画家のフェリペ・オルランド、ホセ・イグナシオ・ベルムデス、ルネ・ポルトカレリョや評論家のホセ・ゴメス・シクレの友情と激励が私を援護してくれた。ある意味で、彼らは私の最初の教師であった 。1960年、私はパリでの初個展をコルディエ画廊で行った。1961年、アンドレ・ブルトンに会い,私は超現実主義運動に参加した。シュールレアリズムは、疑いなく、二十世紀で最も重要な詩的創造であり、魅惑的世界に開かれている。現在の作品は、魔術とヘルメティック(秘教的)なサークルや、これまでにあった人生のすべての原始社会のシャーマン(呪術医)の影響化にある。未来においては新しい地平を永続的に開放する。」

カマチョ4

今回は趣向を変えて、以下URL映像資料参照。製作過程が面白く編集されています。

http://www.youtube.com/watch?v=xrcgiCqO6Y4
photo by gradiva.inc - -

◆レオ・プロウ

◆レオ・プロウ

leo3

 1971年、豪州クイーンズランド州ブリスベーン郊外で生まれる。マングローブの湿地帯と先住民の埋葬地、第二次大戦の廃墟などから装身具などの遺物を発見する少年時代を過ごす。

leo.plaw

 二十代の間に独学で油彩技法を身につけ、幻視者として内観世界のドキュメンテーションを製作動機に据える。またビデオ製作、コンピュータ・ゲーム、陶磁器など多彩な分野で活動し、シドニーおよびブリスベーンで全国的な出版物に取り上げられ、豪州の職業アーティストとして認知される。

leo2

 国際的なバンドの公演に付いて豪州各地を遠征、光の渦巻を用いた幻覚的なライトショーのアートビデオを作成。
 シドニーで、豪州幻想芸術雑誌が招聘した「AOI/アートオブイマジネーション」(http://artofimagination.org/)グループと邂逅し、ヨーロッパに渡ることを決意。
 2003年にベルリンでスタジオを作り、ウィーン幻想派グループと接触。ウィーン幻想派、殊にデ・エス・シュワルトベルガーhttp://www.dees.at/、ぺーター・グリックhttp://www.gric.at/home.htm等と出会い、ミックステクニックなどの古典技法を研究。この間、AOIに触発された豪州幻想芸術コミュニティーをメルボルンのシュルレアリスト、ジョン・ベイナートと結成。「BAISC/ベイナート インターナショナル シュルレアルコレクティブ」(http://beinart.org/)のウェブデザイン、設計はレオ・プロウの手になるものである。今日では本家AOIを凌ぎ、幻想芸術及びシュルレアリスム芸術統合サイトとして、幻想芸術界のメディアセンターとして発展している。またBAISCのBlog(http://beinart.org/modules/Word-Press/)記者も彼であり、筆者同様の役割を担っている。

 因にIFAA第二回展にゲスト出品したルイジ・ラ・スペランザとレオ・プロウは旧知の仲である。

leo4

 レオ・プロウは現在ロンドンにスタジオを移しており、画集「メタモルフォーシス/50人のシュルレアリスム現代芸術家」出版にも尽力。

レオ

 尚筆者はこの10月にロンドンのレオ・プロウのスタジオ訪問の約束があり、BAISC、AOI、IFAA合同での国際展の可能性に就いて協議の予定である。その前に来年京都開催のIFAA第三回展へのレオ・プロウ招聘が既に決定している。

 以下URLレオ・プロウ公式HP。

http://leo-plaw.guildmedia.net/
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◆ジャン・ブノア

 ロシア尽しになってしまった。他にドイツ尽し、フランス尽しなる予定もあるが、筆者が飽きっぽい性格なので、系統立てるよりもアトランダムにしていきたい。ここでの紹介は、定評がある訳でもなく、単に私の趣味嗜好で選ぶという恣意的な方法によっているため、凡そ権威と無縁な画家、埋もれた画家、局外者、精神の王道を歩む者、華麗なる経歴の持ち主を無差別に扱っている。
 しかしここらで一部で夙に知られた作家を扱おう。「マルキ・ド・サドの遺言執行式」で、シュルレアリスム関連文献に必ず名の上がるジャン・ブノアである。

ジャン・ブノア1

 上掲の彫刻は、古い話だが本としては破格のオークションレコードを記録した『磁場』(アンドレ・ブルトン/フィリップ・スーポー共著)の特装本である。アンドレ・ブルトンのコレクション売り立ての時も、世界中から熱心なシュルレアリスムシンパが集まって、門前市をなす有様だった由だが、このブノアの見るからに危険そうなリーブルオブジェも、コレクター垂涎の的であったようだ。一体どうやって読むのかと怪しむ向きもあろうが、心配ご無用。持ち上げると腰を壊しそうな上蓋を取ると、中に深紅にルリユールされた『磁場』が鎮座ましましている。

ジャン・ブノア2

 ダークアートとして、H・R ・ギーガーに遥かに先駆する仕事ぶりだが、昨今のチープな暗黒趣味とは一線を画している。

ジャン・ブノア3

 経歴その他は、米ウィスコンシンのシュルレアリスム詩人でCG作家J・カール・ボガートの以下サイトに詳しい。

http://www.zazie.at/SpecialEditions/JeanBenoit/00_WebPages/Entrance.htm

 
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◆ミカイル・N・セレブリヤコフ

 ロシアの画家が続きます。ミカイル・N・セレブリヤコフは公の美術教育機関に身を置いたことはないようです。絵描きになるのに別段決まったコースなどあろう筈もなく、それはアカデミーの伝統が濃厚らしいロシアであっても、何ら変わらない。栴檀は双葉より芳しも、大器晩成も、意志の在処が行いに同一せねばそれは夢幻(ゆめまぼろし)のまま。形にならぬ。「人は己の神を通して真の神に至る」を自我信仰に結びつける気は毛頭ないのですが、再現するにせよ、変容させるにせよ、働きかけに照応する世界を目の当たりにしたければ、描き続けるしかない。

セレブリヤコフ1

 コンラート・ゲスナーの『動物誌』の影響か否か、犀は製作衝動を掻立てるらしく、これをテーマとする画家は枚挙に暇ない。デューラー、ダリ、スタニスラオ・レプリ、某某某。しかし、犀の肉を解体しているらしき図は見た事がない。背景が雪景であることから推して、シベリア辺りで発掘されるマンモスこそ相応しいと思ってしまうのは、当方の当て擦り。寒い国の犀なればこそ、奇異な印象となるのを見越してのことでしょう。

セレブリヤコフ2

 どうやらこれは壁画であるようです。連作なのかも知れません。

セレブリヤコフ3

 1948年にボルゴグラードで生まれる。 工学部を経て1983年に古典絵画の私塾を卒業する。ロシア、ドイツ、フランス、スイス連邦共和国およびカナダの個人のコレクション。ベルリンの「チャックポイントチャーリー」博物館に作品収蔵。1970-1980年のソビエトロシアの展覧会「前衛派」に参加。 ヴァザレリ資金を受ける(フランス、エクサンプロヴァンス)。1989年ベルリンの壁のカタログ「芸術家」に掲載。1991年 ベルリン、東ドイツでの展示。
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◆アレクセイ・グリゴリョフ

 全くお手上げです。ロシアの画家には違いないのだけれど、画像がたった一枚のみ。ネット上ではどう手を尽くしても情報皆無です。そもそもルシアンアートのアーカイブにすら名前と画像のみで、以下の如き有様。

Biographical information

No information available

Collections where works are held

No information available

Participation in exhibitions and auctions

No information available

Autobiographical notes

No information available

What the critics say

No information available

Bibliography

No information available

アレクセイ・グリゴリョフ

 こうなると、こう言うしかない。私の心眼に賭けてここに年齢不詳の凄い幻想画家がいるらしい、と。

 追記:何とか画像をもう一つ見つけたが、紹介文がスウェーデン語ときては皆目理解出来ない。http://www.tornio.fi/aine/aleksei.htm

アレクセイ・グリゴリョフ2
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◆クリスチャーネ・セガウスキ

◆クリスチャーネ・セガウスキ

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 画家出身のシネアストというか、絵画的イマジネーションを時間制芸術に捧げてしまう才能は結構多い。その逆はどうかというと、止めておくべきでしょうというケースがほとんどだ。殊にアニメーションの誘惑に駆られる画家は多いのではないだろうか。斯く言う筆者も、アルフレッド・ジャリの『ユビュ王』を人形アニメで実現せんとの企画を永らく暖めていたが、未だ実現の見込みはない。
 それはさて置き、この辺の動機にはブラザーズ・クェイやヤン・シュヴァンクマイエルの深甚なる影響があって、今や時代は人形アニメのみか、人形自体、そしてシュルレアリスムのポップ化にまで預かって力があったと回顧できる。ブラザーズ・クェイの『ストリート・オブ・クロコダイル』発表から早くも二十年、最早、隔世の感となってしまった。

sega2

 クリスチャーネ・セガウスキは、近年人形アニメ『Blood Tea and Red Strings』、その他で世界各所のアニメ映画祭で優勝し、DVDなども出ている映像作家である。主な活動はニューヨークらしいが、サイトを訪れてみると、フィルムのみならず、イラスト、人形、グッズ、ファッション(ハロウィンにしか着れません)、と凡そフィルムに用いた手芸世界の全てを営業に供している。しかし前歴は画家であり、この路線にはもう戻らぬのではないか、と何やら才能流失のようなことを思ってしまう筆者なのでありました。

sega3

http://christianecegavske.com/
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◆ダニエラ&ウラジミール・オフチャロフ

◆ダニエラ&ウラジミール・オフチャロフ

ura1ウラジミール・オフチャロフ

ura.2ウラジミール・オフチャロフ

 夫婦善哉、こういうしかないダニエラ&ウラジミール・オフチャロフ。夫婦で画家は決して珍しくはないが、仲良くHPで同居しているのみか、その作品世界すらも共有している感が否めない。とは申せ、個性の差は画然としているので、旦那がうっかり妻に絵を教えて立場逆転、車輪の下という訳ではなさそうだ。ただ、仲がいいところを見せつけているには違いない。
 ウラジミールは、1963年ブルガリアのソフィア生まれ。ソフィアの国立美術アカデミーで、東方正教会のイコン画の技術その他を学んだ。ソフィアの大手画廊と組んだり、展覧会プロデュースなど手広く行ってきた模様。ダニエラは生年を示さぬながらほぼ同じ経歴であるので、この辺は夫唱婦随。因みに両者ともメキシコに居た経歴を持つので、殊にダニエラの画風からレオノーラ・カリントンとの接触があったかも知れない。これは飽くまでも筆者の憶測であり、画歴には何らそのようなことは唱われていない。

dani.3ダニエラ・オフチャロフ

dani.2ダニエラ・オフチャロフ

dani.1ダニエラ・オフチャロフ
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◆プレミジル・マルティネック

プレミジル・マルティネック

マルテュネック1

 「本人にしか分からないマンガ」、こう言いたくなるチェコのシュルレアリスト、プレミジル・マルティネック。凄くいい感じに熟(こな)れたデッサンで妙に味がある。パブロ・ピカソのデッサンや初期のジョアン・ミロ、或いはアルフレート・クビーンを彷彿とさせるが、その孰れでもない。敢えて言えば、諧謔精神の鑑、アルフレッド・ジャリの『ユビュ王』に作家自身がつけた挿絵のような滑稽なタッチである。しかし、印象で語れるのはここまで。私の解さない言語のため、経歴その他紹介のしようがない。偶にはこういうこともある。画像だけ貼ってお終いのblogにはしたくないのだが、やんぬるかな。以下HPアドレス。

http://www.surrealismus.cz/martinec/

maru2

maru3

追記:おっとっと、我ながら粗忽者で驚きます。英文頁がありました。バイオは以下。筆者と同い年ですなぁ。しみじみ。

He was born on 7th November 1957 in Mělník, Czech Republic.
He graduated from Pedagogic University in Prague.
He lives and works in Prague.

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◆マルシ・パリバトラ

 お妃様は幻想画家。

マルシ1

 今日、世界に宮廷画家が何人いるか、少なくとも一人は確実に居る。しかも宮廷お抱えなどという官吏職ではなく、王族本人が画家であるという直裁な話。ラマ5世の孫チャムポット殿下妃マルシがその人。王族なれば、趣味で絵位は描くだろう? とんでもない!
 彼女はタイのシュルレアリストであるばかりか、アジアのレオノル・フィニ。そんなことを言ったら、不敬にあたる。否応なく彼女はマルシ・パリバトラなのである。

マルシ2

 作品を見れば分かるに違いない。出来れば還俗して欲しい。彼女の絵が欲しい。そんな徒な願いは如何なる金満家だろうと、如何なる画商だろうと叶わない。何故なら彼女の絵は収蔵場所が始めから決まっているからである。そこはTHE SUAN PAKKAD PALACE MUSEUM

 殺し屋の詩人ピエール・フランソワ・ラスネールも書いている「王の運命を選ぶことなど、わたしには決して思いつかない」。誰一人真の批評を得られぬに違いない彼女は、画家として幸福なのだろうか、それとも不幸なのだろうか? 私ですら讃辞の言葉の他ない。

マルシ

 余談だが、 チャムポット・パリバトラ殿下は宮廷音楽家、否、作曲家でCDもある。

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◆コンスタンティン・プロゾロフスキー

1

 コンスタンティン・プロゾロフスキー

 真にロシアは幻想画家の宝庫である。セルゲイ・アパリン然り。ビクトール・サフォンキン然り。ウラディスラフ・プロヴォトロフ然り。まだまだ沢山居る気配である。

 コンスタンティン・プロゾロフスキーは、そうした中でもシュルレアリスム乃至、オニリック(夢的)な、童心に見た不思議な光景を描く画家というべきか。その印象は、アルフレート・クビーンやエドガー・エンデを彷彿させて、その孰れでもない。そして、何ともいえぬ魅力を持っている。

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 コンスタンティン・プロゾロフスキーは、1963年ロシアのボロネジで生まれた。ボロネジ芸術大学で学び、その作品は、ロシア、ドイツ、米国、エストニア、フィンランド、ポーランド、イタリアの個人収集家の許にあるそうだ。

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